ぞうのふでばこ
by marippeセンセ
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AWC
朗読を始めたきっかけは5年前にさかのぼる、
短歌の先生が、高松で活動する文芸作家を集めての朗読集会を立ち上げるから、出てみないかと声をかけてくれた。
それが「朗読集会、魂の詩に新しい声を!」
自作短歌を人前で読むという行為は、思いがけない高揚感をもたらしてくれた。短歌はうたうもの・・・古代から朗誦されてきた調べを声に出す事で実感できた。
それから「詩のボクシング」
これまた、審査員に選ばれた短歌の先生が、「短歌で殴りこみを掛けようではないか」と参戦を促してくれたのだった。とはいえ、その前にすでに私は応募を済ませていたのだけれど。
声を出す喜び、聞いてくれる人のいる喜び。単純に度胸だけを讃えてくれるだけの人も含め、さらに人の声を聞く、聞くことで耳を鍛える喜び。
テキストがあったとしても人の詩は字面は追わないで聞く。1回きりのパフォーマンス。俳優じゃないもの、聞くたびこちらに届く言葉は違う。私が語りたい言葉もその都度変わる。
いわゆる「作品朗読」とはそこが一番異なり、その故にこそ惹かれる世界。ひとりよがりとは紙一重・・・?いや、そうじゃない。

AWC(All Words Coa)「Coa」はAから始まりAで終わる、COREの響きと音から聞こえる意味(核)を借りた造語だと言う。こじつけっぽいけれど面白い。核、種、あなたの中心にある揺るがぬ物は何ですか?
その出会いはリビング新聞の小さな記事だった。一昨年の4月。
もうそんなになるんだなあ。遅れて黒船屋の重い扉を開けた所にあったのは、見たこともない朗読の場だった。
誰でも参加できるんだよ、みんなが経験とかは無関係に対等で、ただし人の朗読にはちゃんと耳を傾けること。そう教わった。「フルオープンマイク、フルメインキャスト」と言うんだと。
それならと、その場で書いた散文詩を読み上げた。「ぞうのふでばこ」の詩が誕生した。
それから毎月の黒船屋でのAWCが楽しみになった。日曜日の夕方からと言うのは、実は私には出かけにくい時間であったから、どうしても遅れることが多かったけれど、「出会い」がそこにはあった。

AWC香川は昨年末を以って一旦休止状態。冬眠が長く続くと、もう目覚めないかもしれない。再開の声が大きく聞こえてこないのは、実行委員というお役目をいただきながら怠慢な自分のせいかもしれない。

詩を読む、詩を聞く、それだけの事なんだから気楽にやれそうなものなのに。

火は消したくない、それだけのこと。



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