ぞうのふでばこ
by marippeセンセ
中城ふみ子
 中城ふみ子の評伝を読んでいる。毎月の短歌の勉強会で一人の作家を取り上げ読むのだが、1月は彼女の代表作「乳房喪失」となっている。たまたま図書館にあった『夭折の歌人 中城ふみ子』(中島美千代)を読み始めたらどんどん引き込まれて行った。本はまだ中ほどまでしか読めていないのだけれど、帯広の裕福な商家に生まれ大切に育てられた勝気で利発で聡明で美貌の女性が、婚約を破棄し、別の結婚をし、破綻を迎え、子供を一人手放し、乳癌に冒され、恋をし命の終焉をまっすぐに見詰めた生き方に打ちのめされている。
 恋をなくして「女歌」は語れないけれど、自己を表現するべき手段として短歌を手放さなかった中城ふみ子。
 彼女が1年足らずとはいえ、私の町、この高松に暮らし、つかの間の自由をダンスホールに見出していたというのは驚きだった。時を越えて同じ場所に足跡を残すなんて事は、今の時代ではありきたりのことだけれど、それでも夫と上の子を残しこの町を捨てて、下の幼子を抱き北海道まで一人帰って行ったという事実は重い。
 *出奔せし夫が住むというふ四国目とづれば不思議に美しき島よ
 *夜ふけて涙ぐみつつ子に還すもろき手の爪のエナメルはがす
 *かがまりて君の靴紐結びやる卑近なかたちよ幸せといふは
短歌世界に新しい流れをと中井英夫が募集した「短歌研究50首詠募集」の第1回目の受賞者となったふみ子は大きな注目を浴び、中央歌壇への華々しい登場という夢を実現させるのだが、癌は進行をやめることはなかった。
 歌を詠むという事の決意、生半可に生きているわが身へのたくさんの問いかけを平凡な身では受け止めることすら難しい。
 しっかり目をすえて、この作家と向かい合ってみたいと思う出会いであった。

目標・・・?
 長男と入れ違いに次男が帰宅。大学仲間と楽しい年越しだったようで、何より嬉しい。大事な人たちの幸せは私にも幸せなことだから。
 雨模様の中、初売りスーパーへのお買い物がてらバス停へ。帰ってくる人、旅の人、もう帰る人、白人の女性が出迎えの黒人と抱擁している。素直でいいなあ。彼らはこんな日本の四国の高松なんて町でどういう人生を送っているんだろう、彼に会うために空を渡りはるばるやって来たのか。こちらではおばあちゃんらしき人が孫のためにバスチケットを買うのに四苦八苦している。無表情でトランクを預け、すぐにカーテンを閉めてしまったサラリーマン風の男性。人物観察は面白い。ってことは、私もこうやって見られて勝手に想像されてるって事か。どんな風に見えるのか、聞いてみたいなあ。
 雨による渋滞でバスは10分遅れで到着。
 すでに私の知らない部分のほうが多くなった息子、彼の人生に私はこれからどうかかわっていくんだろう。しゃしゃり出ず、でもオミットされず、シンフォニーのどこかで気付けば音が鳴っているような、そんな存在であればいいのだけれど。
 何はともあれお雑煮だ!讃岐の餡餅雑煮はこの頃つとに有名になったけれど、夫も次男も好まない。小さなお重箱の一人分のお節と雑煮で腹ごしらえ。(長男と私だけが食べるのだ、白味噌仕立ての餡餅雑煮、美味だぞう!)
 彼には彼の予定がある。私にもするべきことはある、猫は嬉しそうである。いつもアウトドアライフを強いられている猫(といっても発泡スチロールに入り口を開け、電気あんかの設置された、夫手作りの彼女の家は庭にあるのだが)が息子の部屋では指定席を持っているから。
 息子も私も早口だから、傍で聞いていると訳わからんと指摘されることがある。会話のキャッチボールの下手な私は時々愛想尽かしされることがあるけど、それはそれで気にしないのだ。
 一緒に小豆島の祖母宅に行き、同い年の従兄弟に会い、坂出の私の実家へも行き、予定通りのお年玉をゲットして、友達とも遊び、5日の朝のバスで、彼は笑顔で大阪へ帰って行った。年休とって付いて行こうとしたが、それはあっさり却下された、当然だよね。
大晦日に十分食べられなかったすき焼きをもう一度作りリベンジを果たして私は満足。猫だけが寂しそうに見えたのは思い込みか。
 楽しい時間をありがとう。なんだかいい年末年始だったなあ。ほのぼのと胸を暖めてくれた息子たちよ、ありがとう。って私まるきり親馬鹿じゃん、赤面・・・。
 
 
新年かあ
大晦日の夕方、長男が一昨年留学していた韓国の大学からの留学生、男子3人を引き連れて帰省。
彼らをもてなすことから年越しスタート。
まずは無難にすき焼き。
そもそも我が家にはあまり客は来ない。年末年始も連れ合いは仕事。サービス業には休みはないのだ。だから、今回は泊り客ありとて私にしては珍しく気合を入れて準備した。
3人のうち一人はなかなかの巨漢(勝手に”石塚君”と呼ぶことにした、キム君ごめんよ)で、うちの息子たちとは食べる量が違う。気持ちよく呑み込まれている食べ物は幸せそうである。
K1見つつ紅白見つつ、カウントダウンTVが終わるころに男たちは連れ立って近所の神社に初詣。
その間に、寝る用意。狭い部屋だけれど荷物は別の部屋に放り込んでどうにか3人分のお布団は敷けるようにした。神社は意外と人が少なかったという。12時前後なら毎年人がわさわさいて、境内では振舞い酒や獅子舞があるというのに、遅すぎるんだよ。でも、日本風正月という条件の一つはクリアー!彼らが寝たのを見届けてから就寝。

元日の朝はいい天気で気持ちいい。つれ合いはお雑煮を食べてから出勤。毎年船に乗せるお札を頂きに金毘羅さんへ行くのも仕事のうち。ご苦労様。
お客様たちはゆっくりお目覚め、御節、お雑煮、おとそ。これもしっかり食べてくれること!うう、足りるかしら?食後順番に朝風呂に入ってからようやくお出かけ。私も着物着てついて行く。入園無料の栗林公園。驚くほどというか、なさけないというか何もない。朝早くは接待らしきものもあったらしいけれど、売店以外はみな閉まっている。天気の良いのが救い。それなりに人も来ている。のんびり散策。金君は最近買ったばかりのペンタックスの一眼レフのデジカメでいろんな物をとって楽しんでいる。最年少のファン君は何かと気を使って話しかけてくれる。背の高い李君はマイペース、うちの息子ひとりやたらそわそわ、どうにかしてより楽しんでもらいたいと心を砕いているんだよなあ、よくわかるよ。
公園の出口で木登り猫を発見!松の木のてっぺんで降りられなくなったのか、単にそこが好きなのか、へばりついて動かない。別の猫がするすると途中の枝まで登り、しばらくきょろきょろしてから欠伸をして飛び降り一目散にかけていく。これが私には一番面白かった。

商店街も閉店ばかり。かろうじて開いていたのは花まるうどん、妥協して一休み。まあ、ここでも彼らの食べること。大盛りうどんに天ぷら、おにぎり、気持ちいい食べっぷり。
ぶらぶら歩いてここも開いてたカフェ・サンマルクでドリンク休憩。やっと4時。そろそろ寒くなってきたけど、彼らはさらに海まで歩くというので、そこで別れて私は本屋。ここも開いてて良かった。
御節完食、頂き物のハムやら蟹やら野菜炒めやら、冷蔵庫大放出の夕食の後、お抹茶ごっこして、くつろいで、2日の朝、雨の中をジャンボフェリーに乗って彼らは息子とともに去って行った。日本の伝統的なお正月を体験したいといった彼らの期待はどの程度満たされたのか不安ではある。が、おかげで例年にない楽しいお正月をもたらしてくれた彼らに感謝。よく来てくれました。ありがとう、次はどこかもっと立派なおうちでお正月体験できるといいね。
皆様、今年もよろしくお付き合いくださいませ。

2006,回顧
*センター試験から始まった一年、受験生は毎日我が家から徒歩1分の自習室に入り浸り。おかげで電気代がずいぶん節約できたかもしれない。
*春が希望通りに来るとは決まっていない。11月にすでに合格していた大学へ行くと決めてから忙しく、かつ楽しかったこと。部屋探し、準備、することはいくらでもあって、久しぶりに家族を感じた日々であった。
*朗読、の世界にしっかり引き込まれた一年。詩のボクシングから広がった輪が緩やかに広がっていき、親子ほども年の違う仲間に出会えたのは何よりの喜び。みんな有難う!
*長男の就職も頭を悩ませた問題ではあった。けれど、自分のことだからと突きはなす私に対し、愛情がないと切り返す夫の声が実に痛かった。ようやく決まった就職先は小さな会社ではあるけれど、しっかり鍛えてもらえばいい。自分で開くしかない道だもの。母は応援するのみ。
*夏、市の主催する「俳優コース」に友人と一緒に参加、声を出したり身体で表現するのはとても面白かった。劇団員が大半を占める中で素人ではあったけれど、表現の楽しさ難しさを再認識。
このコースと同時に開催された「戯曲コース」のメンバーが作った脚本をもとに、「俳優コース」有志12名が出演する公演が、来年2月18日、サンポートホールで開催される。友人も私も参加する予定、稽古は公演直前の1週間ぶっ通しで行われる。大変だけど楽しみたい。
*大阪シアターブラバ!で中島みゆきの公演「夜会」を4月に、8月にはさだまさしの「夏・長崎から、ファイナル」を見に行く。11月には寺島しのぶ・筒井道隆主演の高松でのお芝居「書く女」どれも良かったなあ。
 大手ではないけれど、地元の劇団マグダレーナのお芝居には心揺さぶられた。コンサートとかお芝居とかもっと見たい。
*「春の雪」「うどん」「バンジージャンプする」「モディリアーニ」「トンマッコルヘようこそ」「王の男」「大奥」等々映画もそこそこ見たなあ、時々試写会のチケットをくれる積年の友あり、感謝!  
*旅行はさだまさしの長崎、誕生日の京都、青春18切符の奈良、法事をかねての東京、後は息子の部屋を足がかりに大阪へ何度か。関西圏は手軽でいい。来年も息子よ、よろしく。
*肝心の短歌を忘れてはならない。100首題詠マラソンに参加、完走。完走者有志で発行する合同歌集に参加することにした。自在に言葉と向かい合い自分の言葉と格闘するのだ。
*骨折したんだ!2ヵ月以上かかってようやく完治、でもまだ正座がつらい・・・この事を「TOMORROW」の曲で替え歌にしてフラダンス付きで忘年会で歌ったら大受け、笑いを取る快感ときたら・・・!ご褒美は銅賞、3000円なり。

長く書いても面白くないだろうからこの辺で。
今年の出会いに感謝を。来年の出来事に期待と希望を抱いて、皆様のお幸せを心よりお祈りいたします。どうも有難うございました。
京都へ
 短歌のグループやら協会やら結社やら、ずいぶんいろいろとあるのだろうけれど、関心があまりないのでよくわからないが、ミクシィのハルオさんのお知らせだけ見て、勝手に決めてしまった。聴きに行こう!
 単純な動機である。次男に電話すると支障ないので泊めてくれるとのこと、そうなれば話は早い。午前中の公民館の子ども茶道教室が終わったらバスに乗る。夕食をご馳走する。泊まる。京都へ行く。講演会へ行ったあと、大阪に戻り、梅田発のバスに乗る。どこかでおいしいケーキを食べる。うまくバーゲンにでくわしたらワンピースを買う。

 バスは空いているので快適に過ごせた。雨が降っていたので盛ってきた傘が邪魔になりそうに空が晴れてきた。午後5時、三宮通過、おおっ!ルミナリエのあかりが!光の広場の冠のてっぺんが、バスの窓越しに見える。こっち側の席を予約して正解だった!後ろの席の女性も声を上げて見ている。振り返って、よかったですねえと声を掛け合う。
 程なくたまねぎをいっぱい光らせたごみ処理工場が、そうすれば、左側にUSJ、この風景もすっかり見慣れたけれど、時間や季節で趣が毎回異なる。
 USJは、特にクリスマスっぽい模様は車窓からは見えず。残念。
 少し遅れて、なんば終点着。
 実はここからが苦手。いまだによくわからん、乗り継ぎ。
 京橋までたどり着ければ、どうにかひとあんしんだけれど、ほんと、どれだけ歩かなければならないのか。骨折から回復したばかりの足にはいつも以上に負担が大なのである。
 枚方駅で、息子と彼女が待っていてくれた。いいなあ、若者よ、しっかり恋をしてせいちょうするのだぞ。
 
 駅前の居酒屋でおなかいっぱいになって、いい気分。
 お風呂に入ってぐっすり眠り、目覚めれば快晴、いい休日だ。
 See You!で別れて枚方へ出て、四条で降りて、南座の招きを見上げて、高島屋のデパ地下うろうろ、あれも食べたい、これもほしい、、、

 時間が迫ったのでタクシーで会場のアークホテルへ。

 3階に上がるといきなりそこにハルオさん、いや、加藤治郎先生がいらっしゃる。聴講料をお支払いしてから、ご挨拶。いやあ、この私が緊張しちゃって、でもしっかり、「環状線のモンスター」差し出してサインをしていただく。あんずあめのうた。夏の歌だけどとおっしゃりながら、書いてくださった。やった!

 ああ、会場にきっとミク友が何人もいるんだろうなと思いつつおとなしく講演を伺い、終わったあと、もう一度挨拶して帰ったのだけれど、そこにお友達の歌人、華奴さんがいたとは露知らず。後でわかって、実に残念なことでした。
  
 講演の内容は・・・ここに書いていい物ではないと思うので敢えて書きませんが、実際に近藤芳美という大歌人の薫陶を受けた人ならではの、愛情に満ちた内容と、短歌への深い切り口があざやかで、とても面白かった。

 行ってよかった、さあ、また言葉と格闘だ!
 ハルオさん、ありがとうございました。るんるん♪

旧きものを
建物の保存技術が進み、東京丸ビルのように見事に新旧合体を遂げた建物もたくさんあるというのに、母校の寮が老朽化により取り壊されようとしている。関東大震災の亀裂が残る外壁、学生には個室をという設計者と建学の思想が生かされた建物。森英恵、瀬戸内寂聴、永井路子、多くの優れた先輩を育てた場所、寂聴の自伝「いずこより」には大学の寮の暮らしとその部屋や建物のたたずまいがいきいきと描かれていて、そこに過ごした誰もが世代を超えて同じ思いを感じることだろう。
来週1年ぶりの東京。大叔母の法事に私が実家の代表で行くことになったのだけれど、西荻窪のあの建物を今一度この目で確かめたいと思う。
学生時代に、夏休みや冬休みで閉寮になるたびにお世話になった大叔母。90歳を過ぎても自分で歩き食べ、身を清潔に保っていた明治の女性。その人と共にずっと暮らしてきた叔母。よくもまあ、あんなにあつかましく、泊めてもらったものだと、家庭を持ってから初めて気づき、大いに感謝を捧げたものだ。
などと、殊勝な気分に浸っているのだが、よければ覗いてみてください。こんな建物です。http://homepage2.nifty.com/twcu-raymond/
歩くぞ!
四国4県の持ち回りで開催される歌人の集まりである大会が、昨日今日と開催され無事に終わって一安心。私の役目は今日の短歌会の司会。ベテランの先輩と二人なのでさほど不安はないけれど、香川の方以外のお顔を知らないものだから、失礼があってはいけないと、これでも緊張はしたのです。
いろいろ勉強になることはあったけれど、「かつては歌の中でも敬語を使っていたが最近は使わなくなった」「『吾子』と遠いう表現はもう使わないようにしよう。」「特異な言葉に惑わされてよい歌だと錯覚しないように」等、教わることは多かった。ああ、なんという奥深い世界に足踏み入れたことだろう。
なのに、更に、朗読会で知り合った謎多きお友達に誘われて、初めて俳句の会に行ってきた。飼い猫が死んだら刺し身にして食ってやるなどと嘯く彼のいる句会だからさぞかし突拍子もないのが出てくるのかと思いきや、先生は花鳥風月を重んじるオーソドックスな方であった。
まず、事前に作っていった5首を原稿用紙に清書して、通し番号をつけて全員が回覧する。そのうち気に入ったものを番号とともに別紙に書き留める。最後に5首を選んで番号を当番の人に渡す。番号を読み上げられたら、その作者は俳句を音読する。最後に選んだ弁を一通り述べる。先生が適宜コメントを下さる。
そして、全員の句を清書して当番の方が自宅へ句集として郵送してくださるのだという。
ふうむ・・・なるほど・・・私の句を選んでくれたのは、誘ってくれた彼と、黒船屋の朗読会でお目にかかった女性と、二人だけであった。厳しいなあ。高得点はどんな句かここに書きたいけれど、万一著作権などというものがあるといけないので、遠慮しておこう。
自作をふたつだけ・・・
   菩提樹の白き実踏めば舎利と鳴る
   霜月の夾竹桃の凄まじや
お粗末でした。

ちょっとだけ
ちょっとだけ進歩した。1ヶ月ぶりにスニーカーを履いて出かけた。圧迫するとずきんとするので、とりあえず履いただけ。少し引きずるけれど歩けて嬉しい。
月末には東京で法事があるので、是が非でも出かけなければ!
今日の仕事は念のため、足を後ろ半分だけ支える形になったギブスに足を載せて包帯でぐるぐる巻いて。いつもの靴下で出かけたが、足首を伸ばせるのでずいぶん楽に歩ける。よし、もうひとがんばりだ!
ギブスのお皿に足を載せ 夜ははずして入浴できる。馬路村のゆず湯のいい香りで幸せ気分を味わおう♪
ネットカフェにて
診察日だったので、ついでに一日お休みをもらった。診察は1分で終わり、はがれかけたテープを巻きなおして終了。来週の土曜日にギプスをはずそうとのご託宣。えっ・・・まだ10日も・・・逆らえるわけもなく診察代払って自転車でおお!久しぶりのネットカフェ!
自転車にはかろうじて乗れるようになった。こぎ始めに左足に負担をかけないようにしてゆっくり漕ぐ。ギプスの上には靴下。最初はバンダナを巻いていたのだが、擦り切れて2枚だめにした。何かないかと物色していると、買ったまま見向きもされなかった息子のスキーソックスが!これがジャストフィット。かかとは合わないけれどかろうじて足首まではカバーできるので、ふふ、昔の漫画の子供の足みたい。可笑しいけれど、だいぶ見やすくなったし、松葉杖なしでも少しは歩けるようになった。自転車のハンドルに杖を1本くくりつけて走る姿は確かに異様ではあるが、大きな進歩である。
ランチを食しつつ片っ端からミクシに目を通す。
ここは飲食料プラス100円で1時間PCに触れるのだ。そろそろ1時間。あっという間である。

そうそう、題詠100首マラソン、完走しました。万歳!
そのうちこのHPの影の管理人が映像とともにアップしてくれることでしょう。粗製濫造とはいえ、楽しかった。
教えてくれた華奴さん、ともに走った仲間たちに沢山の感謝を、
よければ、これが好きといった感想などお寄せください。さすれば作者幸甚でございます。


あれやこれや
日本ハムのリーグ優勝おめでとう!
うちのぼっちゃん数年来ずうっと一途に応援してきたんだもの、私だって嬉しいよ!さらに目指せ!頂点♪♪


で、嬉しくても飛び跳ねられない私。左足にはクリスマスのお菓子が入ったような白いブーツ!
さわやかな秋の午後にちょっと飲んだアルコールがたたって、階段の最後の数段を踏み外して、しくしく・・・左足甲外側の骨に1センチ弱の亀裂が・・・
この所うろうろしすぎたから、少し大人しくしなくてはいけないんだろうけれど・・・
ま、必ず治るんだし、良い経験をさせていただいたとしよう。
それにしても、人間の骨って良く出来ているよね。足の指って長いんだなあ、しみじみレントゲン写真に見入っておりました。